図案師

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2004年12月

仕事でシチリア島に行ってたんです。イタリアの。

"The Godfather"のフリークなんで、あそこには特別な思いがあるんです。かといって熱望していたわけではなくて、たまたま。偶然仕事で行くことになったんです。

10日間くらいでしたが、ひと言では語りつくせないくらいの、いろいろなものを持ち帰ってきました。シシリーの人たちは内地(ミラノ、ローマ、フィレンツェ)に比べて無愛想でした。私の性格的にその方が合っていたように思います。

性格的にと言えば、あの国のには“他人を待つ”人が多かったように思えます。もちろん自己主張は人一倍する国民性ではありますが。他人が主張している間はその人の主張が終わるのを黙って見てるんです。自分が主張する番が来るまでその機を待ってるんです。

大らかというかゆったりとしているというか。それに比べて東京人ときたら。もう少し待とうよ、って思いますよ。

あ、ちなみに私は典型的な東京人ですが。




2004年11月

私の父親も母親も東京生まれです。

父親の家系なんかは知る限りの先祖はみんな東京人。なので私は生っ粋の江戸っ子といえるのではないでしょうか。

よく「ちゃきちゃきの江戸っ子」といいますが、「ちゃき」というのは「嫡子」というのが語源らしいです。つまり長男。ですから「ちゃきちゃき」というのは「長男長男」ということなんですね。

残念ながら私の父親は長男ではないので、1つだけちゃきの江戸っ子とでも言うんでしょうか。




2004年10月

(先月からの続き)駒込は昔は江戸の保養地的な役割をしていたようで、軽井沢みたいな役割な感じでしょうか。

ところでここには富士神社というのもあります。通称お富士さんと呼んでますが、江戸時代の富士信仰の拠点とされてたんです。境内には富士山を見立てた小山があります。

「一富士、二鷹、三茄子」この江戸川柳は駒込を詠ったものです。鷹匠がここへ住み鷹を飼育していた場所だったこと。かつて駒込にやっちゃばがあって茄子などの青果が盛んに作られていたこと。そして富士神社。

どうですか、このこじつけ。いや本当なんです。駒込の郷土自慢なんでしょうね。




2004年9月

私の生まれた東京都文京区は江戸と言っても田舎ですね。

俗に言う江戸の祭り(三社、神田、山王、富岡など)は春に行われるのに対して、駒込天祖神社は例大祭。つまり天照大神を奉る伊勢神宮と同じ時期に行われる。

その文京区にある天祖神社の宮神輿、すげぇでかいんですよ。昭和時代に駒込には花柳会があって、遊びに大金を使う人たちが奉納したらしいんです。

私が生後5ヶ月だった29年前の9月、まだ首の座らないうちから早くも神輿に担ぎ上げられて撮られている写真があります。

生まれてからずっと江戸神輿を見ていると、「神輿以外の祭りってーのはどーも粋じゃねーんだよ」と思ってしまいます。




2004年8月

お気に入りの焼酎を呑むために酒器を買いました。

この7月に人間国宝に認定された備前焼の作家・伊勢崎淳氏の作品です。備前焼は普段使いてこそ独特の質感と味わいが増すものと言われています。

これに酒を注いで呑むわけです。といっても、やはり氏の作品で酒を呑むとなると躊躇してしまいますが。

この酒器を渋谷の行きつけのBar SHIBUYA KALLASにマイグラスとして置いてもらおうかと。

万が一損ずることがあっても、自宅で個人的に使っているよりも多くの人の目に触れたほうがこの作品の本望かと。

同じ作家としてこう思うのでした。




2004年7月

夏はね、日が長いから好きです。

明るいうちから酒を呑むのって至福のひとときですね。

5月に身体壊してからしばらく酒は控えていたんですが、さすがにこの季節に呑まないと生きている意味がない…とまでは思わないですが。

焼酎がブームもそろそろ下火なのかな?ネットでこだわりの焼酎を探してるんですが。この間も大分麦焼酎「特蒸 泰明」というのを買って。

アタックは麦の香ばしい香りがパーっと広がって、エンドノートは甘く静かに消えていく。そんな上品な味に惚れました。なかなかニクイやつです。




2004年6月

今月はとても重大な出来事があって。

永年右手に付けていた指輪を新調しました。私にとって右手の指輪は(話すと長くなるんですが)簡潔に表現するといわゆる魂そのもので、インスピレーションの源と言うか。

それを今回、銀盤職人の目黒氏(studio 200 PROOF)にお願いしました。

これがため息のでるような素晴らしい作品で。彼の叩き出す銀って、もちろん意匠や技術は抜群ですが、銀が生きているんですよ。「いのちの指輪(仮称)」 と命名しています。

「手作業」とか「ハンドメイド」とか口ではみんな簡単に言いますが、本当に手の、いや、人が魂を宿したモノって呼吸してるんですよ。目黒氏の創ったこの指輪は右手で生きています。




2004年5月

最近体調を壊してしまって。

まー無理もないことなんですが。3月のケツから5月の末までの2ヶ月間、ほぼ一日も空けることなく酒を呑み続け…。

おかげで胃腸が変なことになってしまっているようです。

で、ここんとこ胃腸を気づかって牛乳を飲みまくっています。あとサプリメントとかいろいろ気を使って、仕事も夜遅くまでしない。もちろん酒も抜いています。

10年前にこの仕事を初めて以来、身体のことなんて考えて生活したことは一度もなかったんですが。

やはり危機感を感じるまでは、若いうちは全く健康に意識が働かないんですね。




2004年4月

気が付いたら4月が終わってました。コレを書いているのは5月です。

さすが春ですね。ボーっとしてしまいました。仕事も忙しくなく、プライベートものんびり。

ちなみに、4月5日は私の誕生日なんですよ。特に誰かが祝ってくれる予定もなかったので、渋谷にある友達のBarでいつもと同じに呑んでいて。そしたら1時を過ぎたあたりにミニスカポリスマンが現れ、3時を過ぎたあたりにセーラー服を着た男子社会人がケーキを届けてくれて、プチパーティをやってもらいました。

少人数でしんみりとでしたが(嘘)サプライズな祝福って良いですね。




2004年3月

まだまだ寒いです。なかなか春夏物が着られなくて悔しい思いをしています。

私は冬が苦手で、なぜかと言うと寒いからなんです。しかしこれからようやく汗の滲む季節がやってきます。暑いのは得意で夏は大好きです。ところが夏のクーラーが嫌いなんです。

オフィス内はコンピュータやその他の機器がガンガン熱を発しているから、熱がこもってしまって予想以上に暑いんです。だから日中はクーラーをきかせていますが、寒いと眠くなるんで困ります。

暑いだの寒いだの我が侭です。寒けりゃ暖房、暑けりゃクーラー。以前から私は自分に疑問を抱いていて、そこまで温度環境を微妙に調整しないと居られないのか、と考えたことがありました。結果として夏はクーラーを付けずに汗ダラダラでも平気だったんです。

なので夏は「暑ちぃ」とは言わないその変わりに、冬は「寒みぃ」と言わせてもらう。




2004年2月

禅の研究に明け暮れていた頃、ひとには「お坊さんやってた時」って言ってるんですが、仕事しないで来る日も来る日もただ坐っていたわけですよ。

まあ、写経とか仏像彫ったりもしてたんですけど。坐禅っていうと「無」だとか「悟」だとか言われますけど。そんな大それたもんじゃないんですよね。だって、坐ってるだけですから。

よく目を瞑って座ったりするのは、あれは坐禅じゃないんです。禅でいう坐るっていうのは目は開けたままなんですよ。なんででしょう。耳って閉じることができないですよね。耳は閉じなくて目を閉じるのは変だと思いませんか。鼻だって閉じることできないし。じゃぁ、目だって閉じなくて良いんですよ。私はそう考えるんです。

で、坐るわけです。もちろん見えてるし、聞こえてるし、感じてるんです。精神を統一させようとするわけでもないですし、何か特別な感覚を得ようとするわけでもないですし。

じゃ、坐禅って何のためなのか。何のためでもないと思います。ただ1つ挙げるとすると、坐ってることを忘れることでしょうか。

トイレに行くその都度「これで今日は5回目だ。さっきよりも良い小便をしてる。」と意識するのは身体のどこかに支障のある方などですよね。つまりそういうことです。




2004年1月

冬の空って好きなんですよ。

嫌いとも言うんですけどね。雲が好きでよく写真を撮るんですが、冬の雲って良いと思いませんか。空全体に対して占める白のバランスとその分布してる形が最高ですよ。

でも日本の空には電線が張ってて、景観を損ねていると感じるでしょう。ビルの隙間からわずかに開けた青く澄みきった空を見上げてもそこには電線が。

ところが、右から左から飛んでる電線のある空が日本のアイデンティティで、これを地下に埋めたら日本じゃ無くなるんですよね。区画整理で道幅は広くなって、綺麗なマンションやビルが立ち並ぶ街も良いんですが。

最近こんなことを思ったんです。路地を1本奥へ入った住宅街の電線の見える景色に、とても心が打たれました。どこか遠くの街の空でさえ、ずっと昔に見た自分の生まれ育った空と一緒だ、って。

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