図案師

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2007年12月



電動自転車を買った
正確には“買わされた”

私の住んでいる目黒区は坂が多い
電気自転車の所有率が高いと思う

モーターの寿命だとかパワーだとか自転車本体の重さだとか
いろいろ悩んで、メーカーもいくつもあるし

で、届いたその日の夜に早速乗ってみた
自転車に乗ってペダルを踏むなり、いきなりモーターが動き出す!!!
自転車が勝手に進んでいく!! 坂道を難なく!!

『うおぉっ!!』
深夜0時過ぎに大の大人が自転車のって騒いでる

今さら?という気がしないでもないが
電気自転車の“変な具合”が面白かった
まるで後の荷台を誰かに押してもらっている感覚

元来ローテク人間で
最新の家電とかになかなか手を出さない質なんで…

いやぁ〜便利だ




2007年11月

久々に石川さゆりさんのコンサートに行った

石川さゆり音楽会 〜歌手生活35周年記念リサイタル〜

雨の中、青山劇場へ行ってきた
前回行ったのは坂戸でした
こうやって、都内でやってくれるとホント助かる

毎回同じように感じるのだが
全身にズサーっとしみ込んでくるあの歌声


そしてもれなく
CENTO ANNI GINZAの我がファミリアである社員の結婚式があった




2007年10月

この秋、トラットリアCENTO ANNIの3号店を銀座へ出店することになりました。これも偏にCENTO ANNIを愛してくださる皆様方のおかげです。

CENTO ANNI GINZA


間口の小さな20坪弱の店舗なんですが
ひっきりなしにお客様が訪れて
昼から夜まで人でいっぱいでした

外食産業に乗り出して3年経ちますが
ようやくカタチらしくなって来たような気がします

飲食とクリエイティブ
お客様を喜ばすコンセプトは一緒
見て触れて、喜ぶことであったり、その意図が伝わったり
食べて楽んで、満足することであったり、その空間に価値を得たり
プレゼンテーションとしては同じ




2007年9月

25日、父が他界した

このサイトは私と仕事のお付き合いのある方に対して
どういうパーソナリティかを知っていただくために続けている
だから内容はなるべく個人的な事に的を絞って書いている

まぁとは言え、身内の不幸を
しかも実の父の死についてをここで書くのは
正直躊躇するところがあった

しかし父の人柄、そして彼が作家であったということを考えると
こうしてインターネットを使って残していく表現は本人が喜ぶだろう…
半永久的にログにすることをようやく決心したところ(2008.02)

9月29日
祭壇には多くの献花が
通夜には予想を遥かに上回る大勢の方々に参列いただいた


ワシの良春



そして実は、この9月の1日に式も挙げた

恥ずかしいので、抵抗があるが…
地元町会の方々とお世話になった父の友人など
妻のほうからは多くの親戚の方々
それと江戸っ子ならではの父が声をかけてお願いした
四区五番組の印半纏は組頭増岡道二郎さんと渡辺晋作さん

このへんで、詳しくはやめときます




2007年8月

友人の結婚パーティーがあった
今年は私も含めて結婚ラッシュだ

福岡のある大手ホテルの副支配人をしている男
友人たちの間では“ウザい”と言われているがしかし憎めない男

私の周りにはなぜかウザい人間が多いのだ
彼らをまとめて「U-League(ユー・リーグ)」と呼んでいる
「U」はUZAI(ウザい)の「U」
しつこいとか危ないとか面倒くさいとか
とにかく“ウザい”のがU-Leagueなのだ

そのU-Leagueの中でも群を抜いて“ウザい”のが3人いる
この3人を他のU-Leagueのメンバーとは格付けを分けて「U1」としている

酒が入ったら止められないとか危ないとかそん可愛いものではない
なによりU1の一番“ウザい”のは憎まれない存在であるところ
これが非常に危険で相当恐ろしい
誰もがいつの間にか彼らのペースにもっていかれてしまう
知らず知らずのうちに彼らの術中にハマっている
実は人当たりが良くて「全然ウザくないじゃん」と誰もが思う
それがワナ
とても危ない話術と空気をもっているから、ホントマジで“ウザい”のだ

単に“ウザイ”だけならごまんといるが…

私にU-Leagueの結成を決定付けたことがあった
この3人が他の“ウザい”人間と圧倒的に格が違うというのを感じた
もちろんこの3人はお互いに良く知っている仲なのだが
私からそれぞれに別々に話しをしたのだ…

私「あのさ、U-Leagueっていうのを結成しようと思ってんだけどさ」
H.N『?』
私「で、他にあと2人いて、この3人をU1ってするの」
H.N『…ん〜、で?』
私「まぁ、Uっていうのは“ウザい”のUなんだけどさ」
H.N『え、あと2人って誰?』
私「I.NとJ.Oなんだけど…」
H.N『ちょっとまってよぉ〜。その2人と一緒にしないでよ…』

ここまでは普通の会話だった
“ウザい”と格付けされるのを嫌がっているように思えた…が
でも彼から驚愕の返事が返って来た

H.N『オレが一番“ウザい”に決まってんじゃん…』

“ウザい”と言われて嫌がっていない
それどころではない
他の“ウザい”2人よりも自分の方が数段“ウザい”と思っている

しかも、もっと驚いたことに3人とも私に同じ答えをしたのだ
“ウザい”の格が違うと思い知らされた瞬間だった

今月結婚したのはそのU1の男だ





2007年7月

今年結婚するならこの日しかないだろう、で
入籍した

'07.07.07

入籍は嬉しい事でお目出度い事でもあり…
入院中のオヤジのところへ、区役所の帰りに早速寄った

病室に入るとベッドでオヤジが横になっていて
入籍報告をしたら、オヤジが「呑みに行くか?」と、ニヤリ
確かに、目出たい事だ
オヤジとしても、改めて一緒になった嫁なわけだ
酒を酌み交わしたいのも、よ〜くわかる
でもこの人、癌患者
身体が弱っているのが目に見てわかる人が、だ

余命宣告までされて…いや、そうだ
あとどのくらいもつかわからない、だからだ
だから、あの時私は何の躊躇もなくオヤジをタクシーに乗せ、
一緒に根津まで行って、蕎麦屋で一杯やったんだ

3人で日本酒を熱燗でやりながら、蕎麦みそをなめて
ちょびちょび差しつ差されつ、やったんだ
まだ日の高い、夏の午後
窓際でほろ酔いのオヤジの頬が赤かった

ここ数年で、一番良い酒だった
最高だった
オヤジが笑ってた
本当に楽しそうだった

で、蕎麦屋はオヤジに奢ってもらった
店を出たあと、「帰るか…?」と
それは帰りたくないって意味でしょ(笑)
それから近くの喫茶店に入った
ほろ酔いでコーヒーを飲んでるオヤジが楽しそうだった

一生忘れない、あの時間




2007年6月

従妹(叔父の娘)の結婚式があった
みんなでカンパを集めて花束を贈った

普段イベントなどの仕事でフラワーアレンジをお願いしている
アトリエのChito's Flowerの水野さんに

予算は○万円なんですが…と相談をすると
「それだけあれば素晴らしいものが出来ますよ」
と、返事をいただいた
じゃ、抱えきれないくらいのバラの花束を…

どのくらいすごいのができたのか
当日、私は見ることが出来なかったので
水野さんにお願いして写真を送ってもらった…



ホテルオークラの人も
「これだけすごい花束は見たことがないです」って
ちなみに、上の写真の花束が2つ届けられたそうです

さすがにこのレベルだと、すでに花束ではない




2007年5月

父親の容態が急変した
昨年、癌が確認されて手術をしてから約1年
通院しながら投薬を続けて来たのだが
ここへきて、調子が良くない

仕事で東国原知事と会うって言って宮崎に行ってた
知事のぬいぐるみを作るとかなんとかで

羽田に帰って来て、すぐ連絡があった
「今から目黒行くから」って
家帰って養生すりゃ良いのに
知事に会った事で興奮状態になってて
話しをしたかったらしく、私に会いに来たのだ
まったく…




2007年4月

指輪を作った

studio SORA
今年の1月にオーダーをして、やっっと出来上がってきた

3年前にstudio 200 PROOFで制作したシルバーのこいつ
をプラチナで…と思ったが、記念のリングでもあるので
全く同じにはせずにデザインをちょっと改良をしたかった

私のリングは幅と厚みがポイント
まずシルバーのこいつを手本としてstudio SORAで打合せに

デザイン担当スタッフのHさんが
「うっわ〜!すごいですね、コレ!
 こんな重いの見たことがありません!」って(笑)

すると…
スタッフのみなさんが代わる代わるこいつをのぞきに私たちのテーブルに
どのスタッフさんも「うわ〜、これすごい!」とこいつは大人気に(笑)
私がどんなリングをオーダーするのか興味津々みたいだ

まず表地と裏地で違う金属を合わせる技術を使ってもらう
表地はプラチナとホワイトゴールドの木目金
木目金というのは刀の鍔などに用いる工法で日本の独特な技術らしい
裏地はタンタルというレアメタル
耐食性、耐酸性に優れていて質量の大きい金属
studio SORAはとにかく金属にこだわるアトリエだ

さてさて。
デザインも仕様も決まりかけたとき、Hさんが
「こんな大きいの作ったことないので、どのくらい日数がかかるか…」と
えっ? だ、大丈夫なんですか?…と聞くと
「ちょっと待っててください」と、
Hさんはショップの階段を駆け上り上階へ
できんのかなぁ…と私たちは1階のテーブルで不安げに待つ

しばらくするとHさんが2階から下りてきて
「大丈夫です。丸山スペシャルでいきます…」
と言って、Hさんはオーダーシートに「S」マークを書いた

誰ですか、それ。
失礼、studio SORAの社長・丸山聡さんです
実はこの社長さんが金属マニアなんだそうだ(笑)
創業以来、過去最重量の私のリングは
丸山氏が直々に制作してくださることに
大掛かりになってきたぞ(笑)

担当さんからの話によると
「これはオレが造る!と張り切ってますよ」と
社長さん自ら志願してくださったようだ


そして2ヶ月が過ぎ…

↓ 出来上がったのがコレ


プラチナ、ホワイトゴールド、タンタルをふんだんに使った無垢のリング
完成品を見た時は、まぁこんなもんかなと思ったが
手に取った瞬間、ずっしっと…
思わず、重さ量ってもらえますか?
とマイクロメーターで測量してもらった…

45.3g

工業重機のボルトかよ!
確かに、こんな重いモノ(リング)持ったことがない
しかし指にしっかりとまとわりつき、でもしなやかな肌触り
さすが丸山スペシャル




2007年3月

そして、今月も三…

いや、今月は観ていません(笑)

引越しの準備で忙しい

男二人のむさ苦しいあの家を(笑)
毎月数十人が集まるあの家を引き払うことになりました
このマンスリーを遡って読んでいくと、何をやっていたのかがわかります

まぁ〜よくも、何だかんだテーマを決めてやったもんだ
書初め→おでん→築地→花火→怪談→秋刀魚→イタリアン→鍋→鍋→鍋…

思い返すと感慨深いものがある
延べ何人くらいがウチの敷居を跨いだんだろうか
老若男女、国籍問わず、いろんな酒飲みが来た

昨年の秋にやった“伝説の秋刀魚八十八人パーティ”が記憶に新しい
大して広い家ではないが、瞬間最大50人が居た
夜中の0時過ぎには、ほぼ全員が立ち飲み
一階なのに床が抜けるんじゃないかと思ったくらい

大家さんとかご近所さんに、そんなパーティをやっていたなんて言えない
というか、ご近所さんにはバレてる
一度、大騒ぎが過ぎて苦情がきたことも
そして反省しているのかどうか怪しいまま、酒を手土産に翌日謝りに行った

一昨年のおでんもハンパじゃなかった
台所の大鍋でジャンジャカ煮込んで
一方では3人がかりで大鍋からテーブルの鍋へピストン輸送
おでん種の仕入れ総額が5万円にも!!!

ビールの消費量もハンパじゃなかった
一晩でビール3ケースを発注するから
近所の酒屋からはお得意さん扱い
どこの居酒屋だよ…

そして後片付けがハンパじゃなかった
土曜の夕方から始まるウチのパーティーは日曜のお昼まで続く
あるとき、仕事が日曜の朝まで延びてしまって
家主なのにも関わらずパーティに参加できないまま帰宅すると
強者どもが夢のあと…
家中に酒瓶とグラスがひっくり返っていることもあった
グラスと箸と取り皿が居酒屋並み

もぉ〜やりたくね、と思うことも何度もあったが
何だかんだ言って楽しかったのかも
みんなをウチに呼んで、ごった返して飲むためだけに
はっちゃきになってやってた

いろんな人と出会った記憶に残る2年だった
もうこんな人生二度と来ないんだろう
高校の卒業式のような感じがする
30超えて再び子供から大人に変わった気持ちになった





2007年2月

そして、今月も
これ。

まだかよ…8巡目
観過ぎ過ぎ。

すぎ杉椙sugiスギ

もう、気が済むまでこのDVDについて書きますを書きます。(随時更新)
・ネタバレ注意
・すんゲェ長いので興味のある人だけ
・三國志を知らないと何を書いているのかわかりません

昨年の8月に買ったこのDVD。
ここまでハマるとは予測できなかった。




2007年1月

この正月は、ぜ〜んぶ
これ(笑)

大晦日のNHK「ゆく年くる年」を10分程度観ただけで
あとはず…っと
これ

すでに6巡目。

観過ぎ。
日本でも有数の多視聴者ではないかと。

台詞(もちろん中国語)も少しずつ聴き取れるようになり、細かい演技や登場人物の心境の移り変わり、微妙な性格の描写など、美術や照明がショボイかわりにそのへんが見どころ。

どうせ、年末年始はどのテレビもつまらないし。
まぁ、年末年始に限ったことではないですが



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